夕暮れのイルミネーション

しるくです。日常や本やアニメや芸能人について、思ったことなどをつらつらと。ありきたりなブログ。意識高い系の真似をしたくなった。

アレルギー表示の悲劇(リバース/湊かなえを読んだ話)

春に放送されていたドラマの原作です。積んでいたのを、読んでみました。

 

湊かなえさんの本ってすごく読み進めやすいと思う。難しい言葉は使ってないし、頭に入ってきやすいと思う。

それでいて、だんだん読んでる側が追いつめられていくような、臨場感のある、そんな書き方が本当に凄いよね…って思う。

 

ここからネタバレ注意

 

あらすじとしては、大学のゼミの卒業旅行で、4人で夏のスキー場へ向かう。ひとり遅れて参加することになった人を、駅まで迎えにいくために、一人で山道を運転していた人が事故を起こして死亡した。それから3年(?)が経ち、亡くなった子以外の4人に「お前は人殺しだ」という怪文書が届き…

 

山道での事故の原因は、免許取得半年という不慣れさ、お酒を飲んでいた点だと登場人物誰もが思っていたが、実は駅に向かう前に飲んだコーヒーには蜂蜜が入っており、その蜂蜜には蕎麦がはいっていた…

そして亡くなった子は蕎麦アレルギーだった…

ってところで小説は終わってます。たぶん、アレルギーが原因で呼吸困難etcを起こして事故って死亡…ってことなんだろうと思います。

 

そして亡くなった子は、周りに気を遣わせないがために自身の蕎麦アレルギーを公言していなかった…

 

物語だから、なんだろうけど、アレルギーって命に関わるものだし、周りの人にも公言しておくべきだし、なによりアレルギー表示って大切だな…っておもった。

以上。

 

今日も支離滅裂な文書だね…

自分の思ってることを書こうとすると、そうでもないんだけど、小説とかの感想をあらすじ含めて書こうとすると、本当にめちゃくちゃになっちゃうね…

カップルの9割はいつか別れるのに

またメンヘラじみたことを。

なんでいつか離れるのに、なんで深い関係を築けるのかな。すごいよね…

 

人と付き合ったことがないので、怖いという感情しかない。

言うなれば、期間限定で使用できるおもちゃをもらって、でもその期間は神の気まぐれで、いつ取り上げられるかわからない。そんなかんじ。

勿論、自分の方の努力である程度はコントロール出来るんだろうけれど、ね。

私自身が飽き性なのもあってね。

 

早く安定的な関係を誰かと築きたいところ。

お互いに"都合の良い関係"ではなく、お互いのためになる関係、そんなものがほしい。

 

どうしたらいいんだろうね。

痩せて料理を学んで猫をかぶって、そうしたところで本質は変わらないし変えられない。

 

豆の上に眠る/湊かなえ を読みました

(この記事は備忘録的なものです)

 

先週?2週間前かな?

ミートソースパスタのランチを食べながら、読み終えました。

7月末に、東京駅の構内にある本屋で購入したこの本。

8月中は色々バタバタしていて、読めずじまいで。

9月になってから、ようやく。

 

いや、湊かなえさんあるあるの最後のドンデン返しが凄いなぁと思いました。

あるある、というより、今まで私が読んだ本は大体同じ書き方をされている気もする。そんな湊かなえさんのファンではないけれど。

 

"豆の上に眠る"ってタイトル、変な題名だよね。由来は、本に書いてありました。

最後の方は飛ばし読みとまで言わずとも、流し読みをしてしまったので、また読み直したい。

 

湊かなえさんの本って何故か読み進めやすいよね、なんでだろう。

劇団四季の『キャッツ』を見に行った話

こんばんは。

ちょっと前の話にはなるんだけど、8月の半ばごろに、大阪でキャッツを観てきました。

正確には、観ようとしてきました。

 

結果から言うと、

面白くなさすぎて、観るのを途中でやめて出てきました

半分過ぎたぐらいにある、トイレ等休憩の時間を区切りにしたので、もちろん上演中に立ち歩いたわけではないです…誤解なく。

 

前々から劇団四季の劇をみたいな…と思っていて、でもなかなかチケット取れないんですよね、特に土日。

去年の今頃も、アラジン観たいなあって探してました。チケット無さすぎて諦めたけど…

 

それで、この前大阪に行く機会があって、少し時間が空いてて、ふとチケキャン(チケット売買のアプリ)を開くと、キャッツの当日のS1席が定価より安価で売ってました!

アラジンを観たいな…とは思ってたけど、そもそもみんなが絶賛する"劇団四季"自体を観てみたい!って思ってたので、これは行くしかないな?と購入しました。

 前から5列目以内、通路席とかなり良い席でした。

キャッツでは演者が握手をしてくれることがあるそうですが、どうも最後まで観ていたら握手してもらえる可能性が高いそうでした(チケキャンの詳細ページにかいてあった)

 

みんなが絶賛する劇団四季の劇、それもかなりの良席で定価より安く観れるなんて!と喜んで劇場に向かいました。

ちなみに、劇場はちょっと分かりづらい位置にありました。建物そのものもだけど、エレベーターとかが。

 

そこでウキウキして席に座っていると、開場のアナウンスが。

猫の物語なんだけど、当たり前だけど本物の猫じゃなくて人間が猫を演じるの。確かに、人間というより動きは猫に近かった…メイクもすごかった。

いろんな猫が登場するんだけど、はじめの方はそれぞれの猫にスポットが当たって、紹介していく…ってかんじでした。私には表現力が無いので、あらすじetcはググって。

 

これがね、恐ろしく退屈なんだよね…

タップダンス踊ってるあたりはともかく、本当に冗長で冗長で…

あと、日本語の劇なのに、台詞が聞き取れないことがしばしばあった。聞こえてはいるけど、それを日本語として頭で処理できない、というか。

劇団四季特有の発声法ってやつなのかな?文末とか何言ってるのかよく聞き取れなくてね…イライラした。

 

そんなこんなで、飽きて途中で観るのをやめました。劇団四季好きな人には悪いけど、なんであんなに絶賛されてるのかよく分からなかったです。

劇のセット(劇場も含めて)がすごいとも言われてるけど、ディズニーとかと比べたら…?

まるで本物の猫のような動き!って言われてるけど、普通に人間が猫の真似してるってかんじだった…(当たり前だ)

 

なにより、言ってることが聞こえなくて話がつまらない(そもそもストーリーはあったのか?)のは劇として致命的だと思うんですよ…

C席の3000円ならともかく、5000円以上出すならTDRなりUSJ行くかな…って思いました。

TDRミスティックリズムの後釜(名前忘れた)とか、ショーとかアトラクションとか諸々観れてあの値段ですからね…

今回劇団四季の劇を見て、TDRは安いな、とおもいました。

 

アラジンはすごい面白そうだったし、youtubeの宣伝も面白いから見たいけど、今回の失敗があるから、1万円以上を出す気にはなれないなぁ…。人気が落ち着いた頃に観に行きたい。

 

とりあえず、みんなが絶賛してるからって自分も面白いと感じる訳では無いんだなっていう、当たり前の感想を持ちました。人それぞれだね。

 

劇団四季好きな人いたらごめんね、多分劇団四季自体は素敵で面白いんだよ。キャッツが面白くなかった…。

キャッツ好きな人いたら…うーん、魅力を私に教えてください。

 

1万払って観ようとした劇よりも、その後で普通に友達と過ごした時間が楽しかったです。鮭美味しかった。

 

(おまけ)

最近、秋晴れが続いているせいか割と前向きです。前向き…諦めたとも言うのかもしれない。とりあえず、1日ずつ、そしてまた1日ずつ頑張ろうと思う。

死んだもの/亡くなったものに傷つけられることは本当に無いのだろうか

またまた島本理生さんの本を読みました。

夏前にAmazonでまとめて欲しい本を買っておいて、積んであった本を徐々に読んでいる、そんなところです。

 

君が降る日 (幻冬舎文庫)

君が降る日 (幻冬舎文庫)

 

 


この本は、

・君が降る日

・冬の動物園

・野ばら

という3つの話が合わさっています。

冬の動物園も、野ばらもなかなか素敵な話だった。読んでて面白いのは、野ばらで、苦しいけれど何度も読み返したくなるのは、君が降る日 かな。

本の内容自体は、いつも通りきれいな恋愛描写だな…って感じでした。

描写は美しいけれど、ここで描かれている恋愛が美しく潔癖なものかと言われると、それは違うかな…

感想が薄い、薄すぎると思うけれど、とりあえず読んだ本と感想を書くことが目的なので、許してください。

 

「君が降る日」のなかの一節で、"死んだものや失ったものが、私をふたたび傷つけることはできないのだ。なぜならそれはもう終わってしまったことだから"という文があった。

物語の流れとしてはおかしな文ではないのだけれども、これだけを抜き出すとすごく違和感を感じた。

過去の物事を思い出して傷つく経験は誰にでもあると思うけれど、それはどうなんだろう?この文は少し間違っているんじゃないか?って。

ただ、過去の物事が主体的に私を傷つけにくることは確かに無くて、自分で勝手に思い出して、いわば自分で勝手に傷ついてる…のかな、と思ったり。

 

どうなんだろうね。

 

(おまけ)

最近、季節の変わり目で天候が変わりやすいのもあってか体調がなかなか安定しないのが目下の悩み。頭痛がひどい。

静かな午後

静かな午後

  • メンタル・フィジック・シリーズ
  • ワールド
  • ¥200

この辺を聴いて、なんとか心を穏やかにして日々を生きています。

明日も頑張って生きよう。


 

希望とは、なにか足りないときに抱くもの

本を読みました。タイトルは引用です。

 

わたしたちは銀のフォークと薬を手にして

わたしたちは銀のフォークと薬を手にして

 

 

最近、島本理生さんの本ばかり読んでる気がします。きれいな恋愛描写が大好き。

他の本も読んでるけれど、ブログに書きたくなることが多いのはこういう本…ってことだとおもう、たぶん。

ちょうどタイトルのようなことを考えていて、その後で本の中で同じような文を見つけて、これは、と。

今は、ものが欲しい/いろんなところに行きたい/友達と遊びたい/結婚したいetc…って欲求があるけれど、これらの欲求が満たされた時、こころはどうなるのかなって疑問に思った。また高次元の欲求が出るのか、満たされている状態が持続するのか。

 

それはそうと、恋愛って、人を愛するって難しいことだなとしばしば考えるようになりました。

"誰でもいい"わけじゃないから大変なんだよね、と思ったり。

 

いつか好きな相手と結婚して、幸せな生活を送りたい。老夫婦になっても手を繋いでいたい、などと夢見がちな中学生のようなことを考えてしまう。

 

風の強い、荒れた夜に。

秋の夜

秋の夜、窓を開けて横になっていると

幼少期に戻った、そんな気がした。

 

こおろぎの鳴き声と、雨音と、たまに通る車や人の音も。

 

それを、電気をつけずに、薄暗い部屋のベッドで横になって聞いていた。

わかりやすい幸せではなく、穏やかさがあった。

起き上がりたくなくて、暫くそのままだった。

 

特に何を頑張ってるわけではないけれど、電話を水に沈めて、ここを離れ、田舎の小さな家に1週間ほど篭もりたい、このごろ。